世の中には2種類の人間がいる (3)

| 2019.5.7


*この前編となる「世の中には2種類の人間がいる(2)」はこちらからご覧いただけます

 

少し前にダリケーのカカオの生産拠点があるインドネシアはスラウェシ島にコンサルタントとカメラマンをアテンドして連れて行ったことがある。ダリケーの取り組みをしってもらうには、口でいくら説明するよりも実査に現地に行って、見て感じてもらうのが一番。まさに百聞は一見に如かず、ということでお連れした。(ちなみに今年もカカオ農園ツアー実施いたします。詳細はこちらをご覧ください!)

すると面白いことが起こった。同行したコンサルタントは夕食時に私にこう言った。

「いやー吉野さん、私は世界いろいろなところに行ってますが、スラウェシはなかなかの田舎ですね。道路の状態も良くないし、農村に行けば水道や電気のインフラが脆弱。農家の所得が低いのも見てすぐ分かるし、かなり貧しいと言わざるを得ない。」

確かにその通りかもしれない。私は思った。インドネシアの1人当たりGDPは日本の約10分の1。ただ、インドネシアの中でも首都ジャカルタとスラウェシの経済格差を考えると、スラウェシの1人当たりGDPは日本の約20分の1程度になるはずだ。貧しいと感じるのも無理はない。

それからしばらくして、同じ行程で同じ場所を見ていたカメラマンが私のところにやって来てこう言った。

「吉野さん、スラウェシ島ってあまりにも豊かでびっくりしましたよ!本当に恵まれてる。みんな土地があって、カカオもバナナもココナッツも、なんでも育つ。お金はないかもしれないけど、食べるものがあって仕事は畑作業だけすればよい。こんなに恵まれている豊かな場所、世界各地で写真を撮ってきたけれど、なかなかないですよ!」

同じ場所を訪れた2人の全く違う捉え方。コンサルタントもカメラマンも世界各国の貧しい地域にも行くような人たち。それでも見方が全然違う。石ころと見るか、ダイヤの原石とみるか。

こんなこともあった。

仕事である国を訪れた時のこと。経済発展著しいその国にチョコレートを広められるかということでF/S(Feasibility Study)に別の会社の人と一緒に出かけた。行ってみると、経済発展は著しいものの、街にチョコレート屋はほぼ皆無。スーパーに行けば輸入チョコレートは置いてあるが、日常的にチョコを消費しているかといえばそうは見受けられないのが第一印象だった。

一緒に行ったその方は言った。

「吉野さん、ここはマーケットとしてはダメですね。街の中にチョコ屋は全然見かけないし。まだ進出するタイミングとしては早いですね」

 しかし私は正反対のことを考えていた。

「この国の人、これだけ経済成長して可処分所得が日本より高いのに、まだチョコあまり消費していないんだ。味はもちろんだけど、チョコの魅力や健康効果などカカオのポテンシャルを分かってもらうには非常に面白い国だな!」

どちらの考えが正しい、正しくないかを論ずるつもりはない。ただ、石ころばかりが転がっていると判断するより、ダイヤの原石を見つけらるんじゃないかと一生懸命探す方が、人生はもっともっと面白くなるように思える。

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僕はラオスで例の少女と出会い、自分が置かれた環境あるいは社会に対して「自分にはあれがない、これがない。この学校はここがダメだ、この会社はここがダメだ。先生が理解してくれない、上司が許可してくれない。」といった言い訳をすることがいかに無意味で非建設的かを学んだ。同じ環境に置かれていても、そこにダイヤの原石を見出す人もいれば、石ころしかないと諦める人もいる。

かの徳川家康は「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」と待ったが、今の時代そんな悠長なことは言っていられない!

今回、世の中には2種類の人間がいて、マインドセットの違いで置かれた環境をどう評価するか分かれるということを書いた。しかし、世の中にチャンス(ダイヤの原石)が沢山転がってるように見えるようになること自体は、実はそれほど難しいことではないと思っている。本当のチャレンジは、その原石をどう磨いて輝きを放つダイヤにしていくかだ。

それは完全に自分自身にかかっている。そして原石をしっかりダイヤに磨き上げられた時こそ、イノベーションとして世に認められるのだと思う。原石を磨くということについては、淡い想い出がある。それについては次回書いてみようと思う。