値段の話②

| 2019.10.16


突然だが、何を隠そう私は中流階級の出だ。

一億総中流のド真ん中出身だと思っている。自営業の家庭に生まれ、両親ともに大学こそ出ていないものの教育熱心な親だったので、私は幼い頃からソロバン、学習塾、水泳、ピアノを習い、サッカー部の練習が終わると、毎日いずれかの習い事を受けるという幼少期を過ごした。

そんな吉野家では、自営業かつ両親共働きであるがゆえに外食をする機会が非常に多かったわけであるが、この外食をする際に暗黙のルールがあった。それは「親(お金を出す人)より高いものを頼まない」ということだ。

教え込まれたのかどうかは記憶がないが、これは吉野家では不文律として各自が守っていた。このため、「食べたいものを注文する」という子供ながらの選択は、「親が注文するものより安い」という条件を満たす場合においてのみ可能であり、仮にファミレスで親が1000円のスパゲティを注文すると、子供は1200円のハンバーグを注文することができなくなる。

この「予算制約の中で効用を最大化する」という、経済学でいうところの合理的選択をする人間として訓練を受けてきた私は、いまだに奢ってもらうシチュエーションに置かれた場合、メニューの中から2~3個候補を選び出し、奢ってくださる方が注文した際に瞬時にその金額でスクリーニングをかけ、候補の中からその金額以下で、かつ自分が食べたいものを注文するという習慣が残っている。

「本当に食べたいものを食べたかったら自分で稼いで自分で金を払う」「人にお金を出してもらう時は、その人よりも値段が高いものを注文しない」。私と同世代の人でこのような価値観を持っている人の割合がどれだけかは分からないが、私はこういう価値観で育ってきた。

だからレストランに行ってメニューを見るとき、多くの人は「この店はどんな料理を出しているんだろう」とメニューの左側の文字(つまり料理名)を見るのかもしれないが、私はメニューの右端に書いてある価格をまず見る。そしてどれくらいの価格の範囲なのかを確認してから左側の料理名に目が行くのだ。